当社が開発した防災マット「MATOMAT(マトマット)」が、全国の首長のための情報交換誌「首長マガジン」2024年6月号(vol.4)で紹介されました。
防災マット「MATOMAT」
太平洋工業株式会社 × 岐阜県大垣市
太平洋工業株式会社と岐阜県大垣市は2023年9月に「防災用マットの開発に向けた実証実験に関する連携協定」を締結し、市内小学校での実証実験を経て防災マット「MATOMAT」は生まれました。この官民連携型の製品開発ストーリーについて、石田 仁大垣市長にお聞きしました。
普段も非常時も使える防災マット
―MATOMATは太平洋工業株式会社との実証実験から生み出された製品だとお聞きしています。連携はどのようなきっかけで始まりましたか。
石田仁岐阜県大垣市長(以下「石田」)
大垣市のある西濃圏域は、この20年、30年、大きな地震、水害、台風などで何日も避難所生活を余儀なくされるという状況は免れている地域でございます。そのため、何かあったときにどう動いていいのかという経験値の少なさが課題であり、今のうちに準備をしなければいけないと就任直後から考え、防災に関する様々な取り組みを行いました。
事前にデータ登録したスマホをかざすだけで避難所の受付が完了する「避難所受付支援システム」や自治体の備蓄情報に加え、地域の自治会にある備蓄品のデータ管理が可能な「防災備蓄管理システム」を導入し、DXを活用した防災対策を積極的に進めてまいりました。
そうした中で太平洋工業さんから、「製品製造時の廃材や端材をアップサイクルして、防災に役立つものづくりがしたい」というお話をいただきました。内容をお伺いするに、子どもたちが学校で使えるクッションのようなものだということで、市の危機管理室の他、学校の現場を知る教育委員会も加わって意見交換が始まりました。



―最初に話が持ち込まれたときはプロトタイプはあったのですか。
石田 色や素材が違う試作品がいくつかあり、そこから磨きこんだ結果、いまの形になったと聞いております。実証実験を開始した時から非常に期待が大きかった一方で、実際どんなものができるかというのは未知数でございましたが、本当に良い製品を作っていただいたと思っています。学校現場の声をよく聞いていただき、何度も試作と検証を繰り返して生み出されたものですので、今年度、自信をもって子どもたちに届けることができることをうれしく思います。
学校から家庭、そして市民全体へ繋がる製品コンセプト
―普段は学校で使われながら避難所では防災マットにもなるMATOMATは自治体にとってどんなメリットがあるのでしょうか。
石田 避難所生活は長期化するほどストレスが溜まり、最悪の場合、生命にも関わります。そのストレスを少しでも緩和するため、パーテーションやダンボールベッドなどを備蓄しておりますが、大量に備蓄しておくのはスペースの都合上難しいのが現状です。
学校と聞きますと、保管場所が多くあるように思われるかもしれませんが、備蓄食料や保存水のほか、避難所生活に必要な資機材は多岐にわたりますので、保管場所の確保が課題となっておりました。そこで、普段は子どもたちが椅子のクッションとして使用し、非常時には、組み合わせてマットレスになるということで、新たなスペースを確保することなく、避難所にマットレスを備蓄することが可能となりました。また、平時から防災用品に触れることで、防災や避難所について関心を持ち考えるきっかけにもなります。
―子どもたちの防災教育にも繋がるのですね。実証実験では学校現場だったり、危機管理室の声はどのように製品にフィードバックされていったのでしょうか。
石田 色や厚み、素材など、色々な意見が現場から出たと聞いています。実際に、太平洋工業さんの近隣の小学校で半年間使用していただき、アンケート調査を行いながら何度も見直しを行いました。例えば面ファスナーで椅子と固定する部分が当初とは想定外の外れ方をしたり、厚みによっては子どもたちの足が机に当たっていたので、机の高さを調整したりするなど、現場の声を聞きながら改良を加えており、ものづくり企業の強みを最大限に活かしていただいたと思います。
完成した「MATOMAT」は、今年度から市内すべての児童に配布いたします。学校を卒業するまでずっと使っていくものですので耐久性も求められますが、十分使用に耐えられる強度であると考えております。日々使用する中で「MATOMAT」に愛着を持っていただき、災害に備えて、防災意識を高めていただければと思います。また、卒業後には家に持ち帰って、家庭でも引き続き使っていただけるとありがたいですね。
―確かにご家庭でも使えますね。
石田 子どもたちが「MATOMAT」をもらった時に、友達や家族と、災害時はどこへ避難するのか、避難生活ではどんなものが必要であるかなど、防災について関心を持ち、非常時の行動について話し合うきっかけになればと思います。平時から防災への意識を高めてもらうには、家庭内における会話はとても重要です。単なる防災備品としてだけではなく、「MATOMAT」の導入を契機として、防災に関する会話が増えれば、波及効果は計り知れないものがあると考えております。
―確かに各家庭でもMATOMATをきっかけに会話が生まれる様子は目に浮かびますね。
石田 平時から学校で使用してもらう事により、子どもたちには、安全・安心に対する意識を持っていただき、それが市内全体に広がっていくという太平洋工業さんのコンセプトが、行政の課題解決に繋がったことがこの事業の大きなポイントでございます。大垣市では日頃から市内企業と様々な連携をさせていただいておりますが、地域をより良くしたいと思ってくださる市内企業が多いことは、本当にありがいたい事でございます。
防災以外にも多様な切り口がある
―防災という切り口以外にも、SDGsなどの色々な側面がこの製品にはあると思いますがそちらについてはいかがでしょうか。
石田 当然、SDGsの観点においても、防災の観点にくわえ、廃材のリサイクルでこのような製品ができるということは子どもたちに伝えたいと思いますし、持続可能な社会と地域の産業がどのように関連しているのかを考えるきっかけになると嬉しいですね。実際の製品があると先生方も現場で子どもたちに教えやすいのではないでしょうか。
また、この「MATOMAT」は製造に福祉事業所が関わるなど、ダイバーシティ&インクルージョンの観点にも配慮した事業展開をしていただいており、大変感謝しております。
「MATOMAT」は、学校現場以外でも、市民の皆さんが参加する防災訓練で使用することにより、今後、様々な使い方やアイデアがたくさん出てくるのではないかと思っています。開発段階では考えてもいない様な使い方が出てきたら嬉しいですね。
―まさにオール大垣で活用されていくのですね。本当に奥深い製品だなと感じます。大垣市発で全国の自治体に広がればいいですね。ちなみに、市長はどういった自治体に導入のメリットがあるとお考えでしょうか。
石田 どこの自治体においても、避難生活における環境改善に取り組んでおられますが、物資の備蓄場所が不足している都市部ほど非常に有効であり、需要は高くなるのではないかと考えております。しかし、大規模災害を想定するほど避難所運営に必要な物資は多くなりますから、保管場所の問題は都市部に限らず、どの地域にも共通するのではないでしょうか。
また、日常と非常時の区別なく利用可能な状態を目指す「フェーズフリー」という概念がございますが、この「MATOMAT」は、まさにその概念を体現している製品だと感じております。
行政のよくある流れに「そうじゃないだろう」
―前号の震災特集の時に災害時を見据えた法体制に問題がありながらもなかなか変わらない要因として、有事に向けた取り組みは平時に行っても目立たないため政治家が取り組もうとなりづらいという話を聞きました。石田市長はなぜ平時から有事に向けた備えに取り組まれているのでしょうか。
石田 私は市議会議員を経て市長になったので、議員時代から様々提言はしてまいりましたが、市長になって、別角度から防災を見た時、大きな変化がありました。例えば、以前、大垣市役所には「生活安全課」という部署があり、防災担当もこの部署が行っておりました。平時は、防災の仕事が少ないということで、交通安全などの業務もありながら、有事の時だけ防災を対応するような体制でしたが、これが今までの行政によくある形だと思います。
冒頭でも申し上げた様に、幸い大きな災害からずっと免れてきた事による経験値の無さを補う為には、平時にこそしっかりと準備していかなければ、いざという時に動けないという事と十分理解する事だと思います。それを各地で発生した災害や、被災地に職員を派遣する中で痛感いたしました。そこで耐震工事などハード面の対策はもちろんですが、防災訓練や備蓄品の充実など、ソフト面でも平時からの備えをしっかり行うため、危機管理室を設置いたしました。さらに、今回の「能登半島地震」をきっかけに、各市町と結んでいる防災協定を再確認する必要性を感じております。過去に防災協定を結んでいても、そのまま10年以上経過しているものもございます。誰が担当者で、有事の際は具体的にどう対応するのかを明確にするとともに、防災協定に関わる者同士の顔が分かる関係を築くよう、各職員に指示を行いました。
―トップのリーダーシップなくしてはできないことですね。何か具体的な変化は見えてきましたか。
石田 「能登半島地震」発生時は、1月2日に災害時相互応援協定を結んでいる富山県高岡市に支援物資を送らせていただきましたが、その様子を地元テレビ局に放映していただきました。市民の皆さんからは「大垣市は動きが早かったね」という評価をいただきましたが、これは、もし当市で何か災害が発生した時にも市役所は動いてくれるんだという安心感に繋がるものと考えます。
もちろん、ここで満足するのではなく、まだ道半ばですので、今後とも、より安全安心なまちづくりに取り組んでまいります。

―最後に、今回大垣市としてこの製品を導入されて、今後取り組んでいきたいことや市長のビジョンについてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。
石田 太平洋工業さんからのお声かけで始まった「MATOMAT」は、協定を通して実証実験を行い、現場の声をもとに改良され、子どもたちへの配布を通じて大垣市全体が災害に備えるという一つの流れを作りました。これから毎年、新1年生となった子どもたちに対してこの「MATOMAT」を配布し、防災についてしっかりと話し合いながら、学校教育の中にも組み込んでまいります。
また、「みんなで創る希望あふれる産業文化都市」を掲げた大垣市未来ビジョンも、現在、第2期の2年目を迎えました。「消滅可能性都市」という言葉が生まれ、人口減少社会の中で、魅力のあるまちづくりを推進するためには、安全で安心できるまちを目指す必要がございます。どこかが一人勝ちするという状況はあり得ない事であり、単独でどう勝ち残るかではなく、この西濃圏域全体でどう生き残っていくのかということが重要だと考えております。その事を基に、今後とも、太平洋工業さんをはじめ、市内企業の皆さんと、様々な連携・協力をしながら大垣市の安全安心なまちづくりをしていくことが、ひいては岐阜県、全国の地域防災力向上に繋がれば幸いだと思っています。