トップ対談|太平洋工業株式会社

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トップ対談 新しい「チームワーク」の時代へ。 太平洋工業株式会社 代表取締役社長 小川 信也×プロゴルファー 森口 祐子氏森口 祐子氏プロフィール プロゴルファー

一人だけれど、一人じゃないこと

小川:森口さんは、女子プロゴルフ界の発展とともに歩んでこられた方であり、太平洋工業も世界のモータリゼーションとともに成長してきました。2人の子どもを持たれながら、女子プロゴルファーとしても活躍を続けられてこられた森口さんの話は、ダイバーシティへの対応を進める中で、働きやすい制度づくりに取り組んでいる私たちも教えていただくことが多いのではないかと楽しみにしています。まず、ゴルフの道に進まれたきっかけから教えていただけますでしょうか。

森口:私は高校卒業後、研修生として岐阜関カントリー倶楽部へ入り、そこで師匠となる井上清次氏と出会いました。師匠から、「本当にプロゴルファーになりたいのか?日本一になりたいのか?」と問われ、「はい。日本一になります。」と答えたのがプロゴルファーへの道のスタートで、これが自分のやりたいことだと感じたのがきっかけです。私の母からは、「自分の好きなことがあって、好きなことをさせてもらえる機会と出会うことは難しい。あなたは、素晴らしい環境に恵まれているのだから突き進みなさい」と言われました。強い覚悟をもって取り組み、翌年プロテストに合格。28歳で結婚するまでに23勝できました。私がゴルフを始めた頃は、トーナメントも10試合くらいしかなく、それがバブルの絶頂期に向かって30試合に増え、社会からの注目も集まるという、とても幸せなタイミングでした。

小川:まさに森口さんは、「個人商店」の創業者として、時代とともに成長されてきたわけですね。太平洋工業も、私の祖父がベンチャー創業し、モータリゼーションの大きな流れの中で成長させてもらった会社です。昭和5年、国内の自動車生産台数がわずか450台という時代に、自動車産業の先見性を見極め、日本ではじめて自動車用バルブコアの国産化に踏み出しました。失敗しながらもあくなき挑戦を続け、世界に通用する技術と品質を確立したわけですが、世界を見据え、大きな夢の舞台に挑戦しながら成長の中でものづくり力を磨いていったのだと思います。

森口:私の若い頃は、自分がタイトルを取ることだけが大事でしたが、長く関わっていると、プロゴルファーは、ゴルフが上手いからだけではなく、舞台を提供してくださる方々や良いライバルがいるから、プロゴルファーであり続けられるのだと気付かされるようになりました。自分を磨くことは、なにも自分のためだけではありません。周りの人のためでもあり、それによって「共にゴルフを創る人々」としてのチームワークが成立しているように感じます。「ファンがいて、トーナメントがあって、支えてくれる人がいるから、君たちはそこにいるのだ」と言って、私に気付きを与えてくれたのは主人でした。

プロフェッショナルであること

森口 祐子氏

小川:私たち企業もまさにチームワークが命です。一人ひとりの作業や手順が決まっていて、それが完了すると次の人に回っていきます。まるでバトンのように、渡す方は上手く渡さないといけませんし、もらう側も受け取りにいく気持ちが大切です。気持ちが一つになって、目線が合って、仕事が流れていくのです。また、一人ひとりにとっては、「自工程完結」が大事です。これは、自分の仕事をしっかりやって、良いものを次の工程に渡すということです。一人ひとりが自分の工程に責任を持つことで、最終的には良い製品がお客様に届き、良い車両がエンドユーザーのお客様に届くのです。毎日、しっかりとした品質のものを、しっかりとした手順で、安全に怪我をしないように作っていくことが鉄則です。こうした地道な取り組みが最終的な品質を作っていきます。

森口:ある著名な棋士がスランプに陥ったときに、「プロとは何か」と悩み先輩の動きを見直したそうです。そのときに毎日同じ時間に将棋会館へ行き、駒を並べて、将棋を指す、その繰り返しこそがプロだと思われたと言う話があります。お話を伺うと、サラリーマンこそがまさにプロフェッショナルなのだとも思います。プロゴルファーも、毎日同じことに向き合うことが仕事で、自己管理が欠かせません。私は、結婚して子供が生まれて、ここで選手寿命が終わると思っていたとき、主人に「ゴルフを続けなさい」とアドバイスされたのがカムバックのきっかけとなりましたが、「仕事はやりたいからやる、やりたくないからやらないというものではない」と言われ、それまではただ好きでやっていたゴルフが、じつは毎日地道に続けていくべき「仕事」だったのだと気付いたのです。

 
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