太平洋工業80年のあゆみ

  • バルブコアのパイオニアとして
  • 戦時下の発展と波乱に満ちた戦後の再建
  • 工場再開と経営の近代化
  • 世界の太平洋をめざして
  • 経営の多角化
  • 国内拠点拡充と国際化
  • 革新の時代
  • グローカル経営

1981年~1990年 国内拠点拡充と国際化

沿革

1982年10月 養老郡養老町に養老工場を新設(CAD/CAMシステムの金型専門工場)
1984年6月 台湾に太平洋汽門工業股份有限公司を設立
1986年6月 40億円の物上担保附転換社債発行
1987年5月
12月
韓国に太平洋バルブ工業株式会社を設立
ピーアイシステム株式会社を設立
1988年7月 米国にPACIFIC INDUSTRIES USA INC.を設立
1989年3月 タイにPACIFIC INDUSTRIES (THAILAND) CO.,LTD.を設立
1990年1月
4月
11月
社長交代 小川哲也 ⇒ 小川雅久
台湾に大垣工業股份有限公司を設立
大垣市浅西に東大垣工場を新設(樹脂製品の専門工場)

メカトロ事業の推進

1981年、マイコン搭載エレクトロニクス製品の第1号として、「セントラルヒーティングコントローラ」を発売しました。また、社内技術者の養成を目的に作成したマイコン教材が、初心者向け教育教材として商品化され、1982年に「パシフィックマイコン教材モジュール」として発売されました。

更に、ボイラーコントローラの技術を駆使した電動リールコントローラを開発。電子制御応用製品の開発・設計から製造までを手がけるメカトロ事業の柱へと成長しました。こうしたメカトロ事業によって培われた技術は、車載電装技術や車両設計技術へと進化し、後に発表されたTPMS(タイヤ空気圧監視システム)開発の礎となりました。

プレス用金型の専門工場「養老工場」建設

1980年代に入ると、自動車にも個性や多様化が求められる時代となり、新型モデルの投入が頻繁に行われるようになりました。プレス事業にとって金型の精度は重要であり、金型の良し悪しが製品の品質や生産性を大きく左右します。

急増するプレス用金型の需要に対応するため、1982年、岐阜県養老郡養老町にCAD/CAMシステムやマシニングセンターなどの最新鋭設備を導入したプレス用金型の専門工場「養老工場」を建設しました。高度な金型加工技術は、当社のものづくりの基盤として太平洋工業を支えています。

台湾に海外初の拠点「太平洋汽門工業股份有限公司」設立

1980年代初頭、急激な円高進行によりバルブ事業の採算悪化が深刻化しました。海外進出は長年の懸案事項でもあり、モーターサイクル用チューブ生産世界一の市場を誇り、当社輸出の40%を占める台湾への進出が最優先と判断。1984年6月、台湾代理店として取引関係があった合泰貿易股份有限公司との合併で、バルブ事業初の海外拠点「太平洋汽門工業股份有限公司」を設立しました。

その後、業容拡大のためプレス事業がスタート。現在では國瑞汽車(トヨタ自動車の台湾現地法人)の有力プレス部品メーカーとして認知されるまでに成長しました。

バルブ事業のグローバル化加速

1987年に韓国で対外貿易法が施行され、チューブバルブが輸入制限品目に指定されることが判明しました。
また、米国では日本車の輸出規制枠拡大、MOS協議による米国製部品の購入義務付け等のジャパン・バッシングが加速し、更にタイでは大幅な輸入関税引き上げの動きがあり、このままでは長年築き上げてきた海外市場を失うことになりかねない事態に陥りました。

そこで急遽1987年、韓国に「太平洋バルブ工業株式会社」を設立、1988年には米国に「Pacific Industries USA Inc.」を設立、1989年にはタイに「Pacific Industries (Thailand) Co., Ltd.」を設立し、バルブ事業のグローバル生産体制の確立と海外シェア確保を図りました。

韓国:太平洋バルブ工業株式会社その後工場を新築し現在地へ移転。

韓国:太平洋バルブ工業株式会社
その後工場を新築し現在地へ移転。

米国:Pacific Industries USA Inc.その後工場を新築し現在地へ移転。

米国:Pacific Industries USA Inc.
その後工場を新築し現在地へ移転。

タイ:Pacific Industries (Thailand) co., Ltd.

タイ:Pacific Industries (Thailand) co., Ltd.

樹脂の専門工場「東大垣工場」建設

ホイールキャップの製造ライン

ホイールキャップの製造ライン

センターキャップ・オーナメント

センターキャップ・オーナメント

1980年代に入ると、自動車部品は軽量化と高意匠化対応のため、樹脂化が拡大しつつありました。主力製品であるホイールキャップにも樹脂化の波が押し寄せ、当社も樹脂部門への参入を決意しました。

トヨタのクレスタ用センターキャップを受注したのを皮切りに、ホイールキャップ以外の樹脂製品の受注も順次拡大していったため、1990年、岐阜県大垣市浅西に樹脂成形加工・表面処理加工・組付け加工の一貫生産工場として東大垣工場を建設し、樹脂事業の拡大を図りました。

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